簡単な理由だった:子供が言う事を聞かない、会話にならない、親子の立場逆転の理由

なんでだろう?さいきん子供が言う事を聞かない。自分を見下しているような気がする。

よくある子育ての悩み:
素直な子供だったのに、急に我が子の人が変わった気がする。返事はするけど行動するまでの時間がながい。子供が家を散らかしてかたづけない。嘘をつく。親を見下しているような気がする。子供がたよりにならない。子供が母親の言う事を聞かない。子供が母親の事をなめている。

子供が親を見下す理由はとても簡単です。それは、親が「子育て放棄」をしているからです。

「食べる」「寝る」「覚える」これは人間にとって、子供時代の三大欲求であります。

「よく食べて」「よく寝て」「よく覚える」ことは「子供の大事な仕事」であり、

「食べさて」「寝かせて」「モノを教える」事は親の義務であります。

そんな簡単なこと、親なら誰もが感覚でわかっていることで「当たりまえ」ではないでしょうか?

でも、この三つの義務は平等ではありません。

食べれるモノを与える

寝る場所を与える

物事を教える

「与える」ことと「教える」事では、受け取る側からの価値観が全くちがいます。人はよくもわるくも「なれる」生き物です。与えられる事にもすぐになれて、もらって当たり前。同じモノは飽きてありがたみがへります。

では、「教えられる」って事はどうでしょう?

勉強、マナー、遊び、ジャンルを問わず新しい事を教わっている時は、毎回新鮮で、毎回感動します。子供に「モノを教える」事は、彼らの大いなる欲求をみたす、一番重要な親の義務です。これは廃れる事の無いリスペクトを育む、重要な仕事なのです。

でも、子供が成長し、体つきがかわり、思春期をむかえるころになると、「モノを教える」って事をしなくなる親が増えてきます。

そうなると、親は立場をなくし、子供は自分勝手になり、いつの間にか我が子は「話の通じない大きな同居人」へと変化していきます。

赤ちゃんには積極的にモノを教えるのは当たり前だけど…

とってもかわいい自分の赤ちゃん。目が開き、自我が芽生える頃には、身の回りに興味津々。口を丸めて目をキョロキョロさせて、新しい事に鼻息を荒くして、ものすごい速さで様々な事を覚えていきます。だから、赤ちゃんからすると、いろんな事を教えてくれるお母さんやお父さんは「大先生」です。「ものを知りたい」という欲求を満たしてくれる「大好きな人」でもあり、生きる術を伝授してくれるとても「大事な人」でもあります。そして、そこには究極のリスペクトが生まれるのです。

 

でも、大きくなった子供にモノを教えるのは?

小学校の後半、中学生、高校生になってくるとどうでしょう。子供が小さかった頃と同じように、いろんな事を教えてあげていますか?赤ちゃんを育てていた頃のように、額に汗して、集中して、子供に「モノを教える」ことをしていますか?

もう手が離れているからほっといても大丈夫

難しい勉強は学校の先生に聞けばいい

若者の流行りとか自信がない

子供や子供の友人関係に気がひける

どれか一つでも心当たりはないですか?自分の子供と向き合って、我が子の「学び」の第一人者であり続ける努力をしているでしょうか?もし、あたなが、子供にモノを教えなくなったら、子供はあなたを軽蔑し始めるでしょう。なぜなら、子供の目線からみて、あなたはタダで飯をくれる便利な人に格下げされるからです。

なぜだろう?最近、子供がいう事を聞かないし、話が通じない

母親との子供のパワーバランスが崩れると、子供は自分勝手になります。

しつけがうまくいかない、子供と会話にならない、返事はするけどすぐに動かないなど、母親の悩みは尽きません。なぜここで「母親」というのかというと、それは、日本の家庭で、子供ともっとも時間を共有するのが母親だからです。

「子供が言う事を聞かない」このような子供への悩みは、子供とのパワーバランスがくずれている時に目立ちます。子供と自分の立場が逆転している時は、子供は親のいう事を聞きません。これはごく自然な事です。なぜこのような事が起きるのでしょう?そしてなぜ母親にこの悩みが多いのでしょう?

母親は共有する時間が長いので、新しくおしえられる知識がどんどん減っていき、最終的に、同じ事ばかり言うウルサイ親になっていく。またお互いに馴れ合いが生じるので、緊張感がへり、威厳がなくなる。

父親は共有する時間が短いので、教えられる知識が減り辛い。また社会にでているので、常にフレッシュな情報や知識を仕入れる事ができる。共有時間が短いので合う一定の緊張感があり、子供は素直に受け入れやすい。

それ以外にもそれぞれ親としての性質が関わってきます。母親は我が子を死に物狂いで守りますが、父親の性質は様々です。母親は子供に依存しやすく、父親は子供の依存しづらいこともあります。

親は、新しい事を一生懸命に教えてくれる「賢くて優しい尊敬できる生き物」

成長を続ける子供に、新しいモノゴトを教えるのって、とても大変な事ですよね。子供の成長段階によって、教えるべきモノも事柄も変化しますし、子供が聞いてくる内容も複雑になります。ここでは成長の段階で変化する流れを考えてみましょう。

赤ちゃんの教育はとっても楽しい

赤ちゃんを隔離して一日中新しい刺激が無いように放置する事は、普通しないですよね?散歩にいって、動物を見せて興奮させたり、風にあたって季節感をおしえたり、様々な人にふれあったり、ベビーカーで街並みを体験させたり、とにかくたくさんの経験をさせますよね?赤ちゃんがモノを覚える時の顔ってとっても可愛いですよね?もっちりしたほっぺたに自分の頬をくっつけて、親子共に幸せを感じる姿ってイメージする事は簡単です。赤ちゃんにとって、そんな親は「すごい人」。そんな親は自信に溢れ、尊敬の眼ざしてみてくる赤ちゃんにより一層、あれこれ教えたくなるのです。

このころの子供の気持ちは

人生初めての事だらけ!目が見えるようになり、意識の距離がぐーーーーんと伸びていきます。自分の周りから、部屋の中から、家の中から、庭先へ、そしてベビーカーから見える大世界新しい事に、不安と希望と発見の喜びでいっぱいです。

このことの親の気持ちは

首が座って、挨拶も覚え、つたない言葉と体全体で一生懸命コミュニケーションする赤ちゃんを守らないといけない本能前回です。「子供のために一生懸命」に言葉で、表情で、スキンシップで子供とガチンコぶつかり合いの毎日です。

赤ちゃんにモノを教えないと…

当たりまえですが、健全な大人に成長できなくなります。そもそも、赤ちゃんにモノを教えないって事は、長い時間放置しているわけですから、病気になってしまったり、最悪な場合は死亡する事故などにつながります。世の中悲しくて、理解ができない虐待ニュースはいくらでもありますよね。

保育園や幼稚園の頃はまだまだ自信たっぷり…

子供が保育園や幼稚園に行くようになると、かれらは外の世界を一人で経験してくるようになります。子供たちは、そこで初めて社会生活のイロハを学びますが、親たちも初めて子供を手放す事を学びます。手が離れる第一歩です。この時期でも、まだまだ子供は子供らしく、教える事は山ほどあります。子供が親に敵う要素はゼロにひとしく、親は自信たっぷりで子供に接します。

このころの子供の気持ちは

幼稚園で社会生活で、知らない事、初めてのだらけ!不安と希望に溢れた毎日をすごします。園では先生にいろいろ教えてもらったり、お友達にいたずらを教えてもらったりで、尊敬できる人が増えるけど、やっぱりママが一番の大先生です。家の中はまだまだ冒険する余地有りの世界。

このことの親の気持ちは

初めて子供がいなくなる時間を経験します。いつも一緒だったので、ちょっぴり寂しいやら嬉しいやらで複雑な気持ちはみんな一緒ではないでしょうか?園から帰ってくると興奮しながら自分の大冒険の話を嬉しそうにする子供の成長はたくましくかんじますね。大好きな抱っこもまだまだたくさんハグします。

小学校低学年の頃になると

やがて小学校に入学します。外遊びも一人でいけるようになります。友達もふえ、親以外の大人にもたくさんふれあい、様々な角度からの情報を仕入れてくるようになります。手先が器用になり、ゲームやお遊戯など、親にも負けない事もちらほらでてくる年頃です。この頃でも、なんとか親の尊厳は保たれます。しかし、それは子供の無知の上に成り立っている関係の場合があります。

このころの子供の気持ちは

小学校で毎年、知らない事、初めての事だらけ!不安と希望に溢れた毎日をすごします。学校ではクラスで先生やクラスメイトに様々な事を毎日いろいろ教えています。家が小さく感じ、ママに教わる事は減ってきてるけど、不安な事を和らげてくれたり、学校の宿題を助けてくれるママが一番の大先生です。

このことの親の気持ちは

子供の言葉使いが変わってきたり、家では教えてない余計な知恵をつけたりで、お母さんはヒヤヒヤする時期ですね。父親はというと、子供なんだから自由にさせれば良いのだと無責任な態度をとったりとらなかったり。親が知らない子供の一面を学校で教わるなど、子供との距離感を感じ始めるころではないでしょうか?この頃になると、スキンシップがへり、またお互いに気を使い始める事もちょこちょこあったりします。

小学校卒業そして中学生、頃になると

体つきも大人びてくるので、我が子がどんどんたくましく感じます。我が子を自分と同レベルの生命体だと錯覚する親もふえてくる子供の年頃です。インターネットやメディア関係など、親の苦手な事を、子供に教わる機会があったり、パワーバランスが逆転する瞬間が増える時期でもあります。親の教養レベルが子供にバレる時期でもあり、下手な嘘はすぐにバレてしまいます。

このころの子供の気持ちは

学校以外にも行動範囲が広がって初めての事だらけ!楽しい事、悔しい事、残酷な事、嬉しい事、家の外は不安と希望で溢れた大世界です。家の中はというと、狭くてホッとできるばしょ。座ったら美味しいご飯が出てきて、あれこれ世話してくれるお母さんは大好きだけど、自分のやりたい事を邪魔する天敵でもあります。逆に夜遊びなど、刺激的な世界を教えてくれる仲間や先輩が、尊敬できる大先生になったりします。

このことの親の気持ちは

ちょっと大人びてきた子供に戸惑います。やりたい事を率先して、やらなくてはいけない事を後回しにする事もにイライラしたり、家事を手伝わないでゴロゴロしてて自分がお手伝いさんのような気分に。やってあげてる気持ちが先になったりしてとにかく感情的になります。大声出さないと動かないので、いつもキーキー青筋立てている自分を責めたりもする事が増える時期です。この頃には、子供に教えてあげられる事が急激にへっていきます。知識よりも物を与える事で自分と子供の気を紛らわす事も増えてきます。

この時期に子供にモノを教えないと…

赤ちゃんの頃のように事故につながる事はめったにありませんよね。ではどのような悪影響があるとおもいますか?答えは簡単です。「教えてくれる大事な人」としての立場が消失します。

「食べる」「寝る」「学ぶ」の三大欲求を満たす人として、一番の尊厳を担う大事な役割を一つ失うのです。

子供からするとそのような親は、腹を満たしてくれる、金をもっている、寝る場所を提供してくれる、いろいろもっているけれど、でも「何も教えてくれない」親なんだと認識されます。ひどい時は「うちの親って、何も知らない無知な人間なんだ」と錯覚しながら成長していきます。そうなると、親のいう事はすべて「嘘」「どうでもいい」「くだらない」と思うようになり、最終的に親を信用しなくなり見下しはじめます。これはあくまで、信頼関係を失うほど子育て放棄した場合です。でも、どこかで聞いたような、けっこうありえる問題家族の状況ではないでしょうか?

子供との立場が逆転した場合、どうすれば良いのでしょう?

答えは簡単です。子供は何歳になっても初めての事にぶつかります。いつになっても、赤ちゃんのあのころと対して変わらないし、何歳になっても、目をキョロキョロさせて、鼻息荒く、オムツを汚してたあの頃が出発点であった事はかわりません。そして何歳になっても、不安と希望に満ち溢れた生活は続いている事を理解してあげて、そんな我が子に、こんな自分が何を教えてあげられるのか必死にさがし、考え、それを子供にぶつけるのです。そしていつまでも子供の先を歩き、常に無防備な背中を預ける姿勢を保てれば、子供は何歳になっても親を敬い、感謝し、親の暖かさに安心した、こころの大きい大人と成長していきます。

子供と立場が逆転する要素をイロイロ紹介します。

子供の気持ちになって考えれ一目瞭然です。

食料と寝る場所を提供する事は「当たり前」
結局人にとって「モノをくれる人」は便利な人。与え続ける人に「もらう事」は当たり前。もらって当たり前、もらえて当たり前。

新しい事を教えてくれる人は「すごい人」
自分が知らない事を教えてくれるわけですから、モノを教えてくれる人は自分より立場が上になります。人は成長すると、知らない事がへり続けて、知っている事がふえていきます。なので、未知なる事を与えてくれる対象は、「えらい人」「尊厳の対象」となります。

知っている事を何度もリマインドする人は「うざい人」
余談ですが、これは、ひととして同じ立場で考えると、当たり前の事ではないでしょうか?ルールやうんちくばかりいう口うるさい人、同じ事ばっかりいうおせっかいな人、さっきと同じ事を繰り返すめんどくさい人…これらは「関わりたくない人」や「自分より弱い人」となり、尊厳の対象から外れるのはごく自然なことです。とても残念ですが。

面倒くさそうに教えてもらっても嬉しくない。

子供に面倒くさそうに話す親をよく見かけます。普段はそうでなくても、モノを教えている時はどうでしょう?これを書いている私でも、しょっちゅう頻繁にめんどくさい声を出してしまいます。めんどくさい声をきいても、子供は純粋なので、最初は親を心配してくれます。でもこれってダメなこどです。子供は親の心配をするべきではありません。この時すでに立場が逆転しているのです。

ちなみに親がめんどくさそうな声を出す時は大抵、何かを諦めないといけないストレスがかかっている時です。子供は敏感ですから、親への心配が度をすぎると、子供は親が自分をめんどくさがっているのだと、じぶんを諦めてているんだと感じて、今度は子供は親の気を引く事を諦める事を覚えます。親に対して諦めを覚えた子供は、どこか大人びた表情をし、自分の限界を浅くきめる癖がついたりします。いろいろめんどくさそうにする子供がいますが、大抵は親のめんどくさそうな態度を真似している場合がおおいのです。

 

子供は何歳になっても親にいろいろ教わりたい

小学生卒業間近、中学生になっても、子供達の「イロイロ教えて欲しい気持ち」の要求は減りません。高校生になってもそれは変わりませんし、子供が二十歳をすぎて大人になっても、その需要の「形」がいくらかわっても、要求がある事には変わり無いのです。その欲求を満たさないと、子供達の心に影ができます。なぜかというと、子供の心の中には、赤ちゃんの頃と変わらないコアがあるからです。ぶっちゃけ、ある意味、人は何歳になっても赤ちゃんと変わらないのです。

大きくても子供は子供

中学生、高校生になると、体がびっくりするくらい成長してきて、様々な事を危なげなくできるようになります。一人で学校にいったり、買い物を任せたり、留守だって一人でできたりして、いつの間にか大人と同じ事ができるようになります。なので親も我が子は「もう大人なのだ」と、自分の都合の良いときだけそのように錯覚します。しかし体が大きいだけで、まだまだ頼りない生き物なのです。

小学生卒業前の子供に一人で油物の料理をさせたら?中学生に何時間も新生児の面倒をさせたら?高校生に家の財産管理をまかせたら?どうなるか心配ではないでしょうか。子供は子供ですから、大人ではありませんからね。

 

親子の関係は

親にとっては子供はいつまでも子供です。子供にとって親はいつまでたっても大人です。でもなかには、子供がすこし大きくなると、友達のように接する親がいます。

そのような親のメンタルは、子供が自分と同じ大人になったと錯覚しているか、自分が子供と同じレベルに下がっている事に気づいていないかのどちらかです。

子供は見抜きますので、パワーバランスが崩れる頻度がふえます。また立場の逆転している時間も長くなるのが特徴で、このような家庭は大声のわめいたり、脅したりしての教育が目立ちます。

 

最後に

モノを覚える事は、赤ちゃんや子供たちとって3大欲求の一つです。これを満たしてあげる事は子育てにおいて最重要課と言えます。逆にそれを放棄する事は虐待です。

例えば、

赤ちゃんを一日中部屋に閉じ込めて外の世界を経験させない。ミルクあげてオムツかえるだけであとはずーと安全なところに安全な方法で放置する。

幼稚園児の質問に答えないで無視をする。忙しいからといって、子供が幼稚園でならってきた事など目を輝かせてお話しする事に全く興味を示さない。

子供に最低限の教育を与えない。小さい子供が静かになるように一日中テレビを見せる。

生意気になってくると、親が子供に気を使って、教える事を控える。

これらすべて子供への虐待です。その代償は親子両方に重くのしかかってきます。どんな家庭でも、子供が大きくなってくると、このような子育て放棄が始まる危険があるのです。とくに小学生後半から中学生頃に始まる事が多いので注意したいです。

私は子供が成長するたびに、自分のふんどしを引き締めて、子供にたくさんの物事をおしえて上げ続ける努力をしています。とても難しいことですが、完璧にできなくても、気持ちはつうじるし、とにかく気合いでぶつかって、子供にとって一生のあいだずーと先生であり続けたいと、そのように具体的に願って日々をすごしています。

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